「デンマーク、日本及びEU」

 

 

 言うまでもありませんが、日本にとってEUは、世界経済の安定と成長、安全保障、社会・文化の発展を築く上で中心的存在であり、EUにとっても表現の自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配等の価値を共有する日本はアジア地域において最も重要なパートナーの一つです。また、EU加盟国の増加と、 2009 年のリスボン条約の発効が日本とEUの関係の重要性を押し上げ、広範な分野に於いて以前にも増して強固な関係を築く必要性が生まれています。
そこで、 2010 年の日EU定期首脳協議において、合同ハイレベル・グループを設置し、両者の利益となる経済連携協定の可能性を検討することが合意されました。さらに本年5月の日EU定期首脳協議で具体的な交渉を開始するための「スコーピング」作業を開始することに合意しました。
 深刻な債務・財政問題に苦しむEUと未曾有の震災を経験し復興に立ち上がろうとする日本にとり、経済を持続的な成長軌道に乗せることこそが問題の解決への道であり、このためにも日EUの経済連携協定の交渉を早期に開始することが重要です。
 

 EPA締結の意義は、第一に相互に裨益する貿易、投資、金融、企業間協力といった日EU間の経済関係を拡大・強化し、双方の経済成長を押し上げることにあります。 2010 年の日EU間の貿易総額は、約 1,200 億ユーロあり、日本にとり世界第3位、EUにとり世界第6位の貿易相手という関係にあります。また、 2009 年、日本はEUにとり世界第3位の、EUは日本にとり世界第2位の投資家でした。現時点でEUには、約 3,300 社の日本企業が進出しており、約 40 万人以上の雇用創出に貢献しています。また、欧州経済危機に際し日本は発行済みの欧州金融安定化ファシリティー( EFSF )債の約 2 割を購入し、欧州金融の安定化への支援を行ってきました。
 欧州委員会の依頼によりコペンハーゲン・エコノミクス社が 2009 年 11 月に作成した報告書によると、両者の関税が撤廃された場合、EU の対日輸出が年間 23% 、日本の対EU輸出が約 30% 増加し、非関税障壁を最大限削減した場合はEUの対日輸出が 50% 、日本の対EU輸出が 32% 増加すると試算されています。
 包括的な経済連携協定を締結することにより、EU加盟国の中でもとりわけデンマークは飛躍的に大きなメリットを享受することになるでしょう。デンマークと日本の二国間に限って言えば、デンマークは多額の対日貿易黒字を計上し続けており、この 10 年間で総額 1 兆 7437 億円以上にものぼります。近年のEU諸国の政治・経済の動向を見渡してみると、成長著しい新興国に目が向いており日本への関心が減退している感があります。しかし他方で、私が当地に赴任してからの 1 年数ヶ月の間だけでも、日本とデンマークとで新たに開始されたビジネスや、提携、関心を寄せられた案件はかなりの数に上ります。関心分野も多岐に亘り、ビジネス界のみならず地方自治体や公益団体からの照会や訪問、交流が頻繁にあります。貿易額や投資額の統計上では頭打ちに見えますが、少し中をのぞけば多くの成長の芽がいたるところに散らばっているのが見えます。これらの芽が育ち実を結べば、経済のみならず福祉、文化、環境などの発展に貢献し、その成長の余地の大きさは計り知れません。我々はこれらの芽をうまく見つけ、育てていく環境づくりを支援することが職務であると信じており、この環境作りに大きく貢献できるきっかけとなりうる枠組みの一つがEPAであると考えています。
 このように共通の関心を持つ日本とEUが、EPAによる経済関係強化を行うことにより、相互依存、信頼関係を更に強化し、ひいては世界規模での安定的な政治経済システムの発展、気候変動・環境、核不拡散といったグローバルな課題解決を促進することが期待されます。

 

 一部のEU加盟国、産業界においては日本とEPAを締結することに対して懐疑的な意見がみられます。その理由は主に、日本の工業製品が低価格で輸入されることでEU内の産業が縮小するのではないか、日本は非関税障壁を設け実際にEU企業を排除する姿勢を変えないのではないかというものです。これらについて私は強く反論したい。
 前者の懸念については、EPAの締結により双方の経済成長がもたらされることは多くの証拠が物語っています。日EUのEPA締結は「世界最大の経済同盟」を意味し、中長期的かつグローバルな視点に立って判断すべき問題であり、個別産業分野の短期的利害損失に基づいて狭小な視野で判断をすべき問題ではありません。後者についても、EU側の懸念の声に応えるため、既に日本側はEUの求める規制緩和に応じてきました。具体的な内容として、①先進安全自動車技術指針の見直し、②情報を一元的に英語で提供する政府調達の運用改善、③建築用木材の基準強度に関し欧州規格との同等性を認め、④医療機器の品質管理基準を国際基準に整合させるというEU側が要望する 4 つの案件について規制緩和することを決定し、昨年 12 月に日本とEUで合意されました。このことは日本側がEUとのEPAに真剣かつ真摯に取り組む姿勢であることの現れです。
10 月 28 日の国会での所信表明演説において、野田総理より、日EUの早期交渉開始を目指すとの決意が述べられており、日EU・EPAを推進するという政策は新政権においても全く不変です。

 

10 月 23 日に開催された欧州理事会の結論文書において、EUは戦略的パートナーとの二国間協定を更に重視すべきであると謳っており、我々はこれを歓迎したい。
 現在、欧州経済は非常に厳しい状況に置かれています。経済危機が故にEPAに保護主義的になるのは近視眼的であり、海外市場を取り込み、新たな経済成長を目指すことこそが危機を脱する解決策となります。自由貿易の拡大により、中・長期的には新たな成長をもたらすことになることに疑いはないはずです。
 わが国では長く低迷した経済状況に加え、本年 3 月 11 日の地震・津波による被害からの復興にはまだまだ長い道のりが予想されます。日本政府としては被災地を単に元に戻すだけではなく、未来型地域社会のモデルになる復興となるよう様々な検討がなされていますが、欧州にはそのための参考となる先進的な都市や地域の取り組みが数多くあります。これは日本側に長期にわたり大きな需要があることを意味します。

 

 自由な人・物・サービス資金の移動を通じて開かれた市場を統合していこうとする自由貿易主義はEUを形作る源泉でありヨーロッパの基本的な哲学でもあるはずです。自国産業への影響を懸念して交渉のテーブルに着くことに反対する姿勢は、まさに EU が批判する保護貿易主義に他なりません。目下の経済危機により、EUは現在、自らの運命を左右する歴史的な岐路に立っています。まさに欧州統合、単一市場形成のためのEUの基本哲学が試されているところです。
 日EU双方の政策意思決定者は、些細な問題に足元をとられ、大局を見失うことの無いような賢明な決断をぜひとも行うべきです。そのためにもまずは早期の交渉開始を目指し、前向きな議論を両者で行えるようになることが第一です。そして来年前半EU議長国となるデンマークには引き続き力強いイニシアティブを取っていただけるよう期待したい。
 交渉を成功裡に終え、高いレベルの包括的な協定を締結することで、日EUの経済、政治的連携がより一段高いレベルで発展し、デンマークと日本との関係も今まで以上に深化していけることを心より期待します。