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「小さくて偉大な国デンマーク」
在デンマーク日本国大使
佐野利男
デンマークに着任して5か月が経ち、初めて年を越しました。昨年末マルグレーテ II 世女王に信任状を棒呈致しました。偶々初雪の日で、由緒あるフレーデンスボー駅の待合室でお迎えを待っておりますとシャンデリアの明かりが伝統的な蝋燭であることに気づきました。お城まで赤いユニフォームを着た騎馬兵に護衛されながら馬車に乗って行く場面などはまるで H.C. アンデルセンのお伽話です。
ただ、現実をお伽話に留めないのがデンマークなのでしょう。昔の風車を巨大な風力発電装置へと発想を変え、現在電力の20%を風力で賄い、2050年には化石燃料フリーの国を実現しようとする政府の政策と科学技術への意気込みには脱帽します。経済規模の比較的小さいこの国が仮に化石燃料を使わなくなっても全世界のCO2削減への寄与度はそれほど高くないと分かっているのですが、一主権国家が「やればできる」事を世に示すことの意味(ショーケース効果)は計り知れないものがあると信じます。デンマークは間違いなく地球環境分野での国際的なリーダーです。
次に、昨年末の朝、大使館に通勤途上ローゼンボー城に半旗が掲げられ、「またか」と心が痛みました。治安の悪いアフガニスタンのヘルマンド県に派遣されている約 750 人のデンマーク兵士の一人が殉職したのです。これまでに 40 人以上が尊い命を捧げました。この数字は 550 万の国民当たりで見ると世界で最も高い犠牲率です。この美しい北欧に位置する豊かなデンマーク人が歴史的にもさほど縁が深いわけでもない遙かアフガニスタンの地で何故命を落とさなければならないのか。そこには国際社会の一員として平和と安定のために喫緊な問題を共に解決するため「やるべき事は断固としてやる」という強い使命感を感じます。
デンマークはこの他にもアフリカの途上国を中心とした開発援助を積極的に進め、国連で決められたGNIの0.7%を超える額を毎年支出しています。これをクリアしている国は数カ国しかありません(因みに我が国は0.23%)。そしてこの援助を通じて途上国の貧困撲滅のみならず、人権、民主主義、法の支配などの普遍的な価値を押しつけることなく根付かせようとしています。この爽やかな義務感は一体どこから来るのでしょうか。
国内では、国民の約80%が自らを幸せと感じ、社会保障のセイフティーネットが圧倒的に進んでいるため、転職(失業保険2年間保証)も老後も心配なく、教育も医療も無料。一生に5-6回の転職はざらで、人々は自分に一番適した職業に辿り着くまで色々と経験を積み重ねます。ですから適材適所が実現され、その flex-security という言葉で表現される制度が柔軟に対応します。もちろん消費税は25%ですが、これは国民が政府を信頼していなければできないことです。
若者は徴兵制で体と精神を鍛え、家族を大切にし、勤務時間を終えると残業はまず考えません。勤務時間中にいかに効率よく働くかに集中するようです。政府高官も無駄な表敬訪問などは受付ず、本当に議論すべき時はいつでも電話で OK です。昨年のエコノミストの日本特集にもありましたが、第一子誕生後62%の女性がキャリアを諦めてしまう日本と異なり、休暇制度や保育施設が充実しており、女性の社会進出を大きくサポートしています。3つの政党の党首が女性、議員の38%が女性。正に女性がデンマーク社会を引っ張っていると言う印象です。そして何より素晴らしいと感じるのは、このような現状に満足せず為政者が常に成長と効率を考え、政策を実施していることでしょう。
と言うわけで、このデンマークのあり方が将来の日本に示唆を与える一つのモデルかもしれないという話は良く聞きます。ただ、公共部門の予算がデンマークのGDP比30%と高く、政府への依存が大き過ぎるとの批判から「もっと選択の自由を」との動きもあり、実際医療に民間病院が参入したり、公務員から民間人へのアウトソーシングへの傾向もあり、このモデルもいろいろと改善を必要としているようです。更に「 550 万人のデンマークと一億 2500 万人の日本は全く異なる」という意見も傾聴に値します。ただ、今後我が国が仮に地方分権を進めていく場合、九州約 1300 万人、北海道約 550 万人といった広域の自治体ができあがるとすると、基本的に外交と安全保障以外を自治体に任せているこの国のあり方に学ぶ点はあろうかと思います。
最後に、デンマーク人と話をすると良く「デンマークは小国だ」と言います。言葉にするだけではなく、実際そう思っているようです。その度毎に私は言い返します。「デンマークは小国ではない。国のサイズは小さいかもしれないが偉大な国だ( not big but great )」と。国や国民の評価はその規模や人口とは関係ありません。「山高くして尊からず」と言います。豊かな緑と水を湛え、多くの生命を育む山こそ本当の山だ、というのでしょう。振り返って、私達も日本を小さな国だと教えられてきました。今や中国に抜かれましたがかつて全世界のGDPの約14%を生産していたときでも、我々の国は国際的に期待されていた役割を十分に果たしたでしょうか。大きくなった現実に気づかず、小さな志に留まっていたのではないのでしょうか。そういうことを考えますとデンマークに学ぶ点は単にその政策や社会制度に留まらず、この国民が営々と築き上げてきた精神性にもあると感ずるのは私だけでしょうか。