大使のサイト

東日本大震災とデンマーク

 

東日本大震災から約半年が過ぎようとしています。日本はこれまでも幾度も地震や津波など自然災害に遭った「災害大国」です。ただ、今回がこれまでと大きく異なるのは、マスメデイアの発達により、我が国民のみならず、世界中の多くの人々が押し寄せる津波の脅威を恰も実況中継でも見るかのように目の当たりにし、「体験」したことでしょう。 "Tsunami" は今や国際語となり、最悪の状況下でも礼節を保ち、整然と行動する日本人の姿に世界は驚嘆し、賞賛を惜しみませんでした。

実際震災直後に被災者が示した行動は、日本、特に東北地方の人々が厳しい自然の中で育んできた「忍耐と他者への気遣い」という美徳を図らずも示すことになったのかもしれません。CNN等国際メデイアはそれを日本人の「強靱性( resilience ) 」と表現しました。しかし、私が更に心動かされたのは被災された方々、それも顔に深く皺を刻んだ高齢者達が「もう一度やり直したい」という言葉を口にしていることです。戦後の惨状下で復興に邁進し、家族を守った世代。その人々が人生の晩年に遭遇した大災害にうな垂れることなく、もう一度立ち上がろうとする姿です。欧米のメデイアはこれを "They refused to give up." との表現で、その優れた強靱性に殆ど感動的な報道を繰り返しました。

しかし、他方で、例えば被災地に飛び込んだCNNの女性記者が、長男を失った若い母親にインタヴユーし ( Are you all right? ) 、その母親が、涙を隠しながら「私は大丈夫ではない。しかし兄を失った次男が気丈にしているので、自分もその振りをしている」と答える場面がありました。被災された方々の心の深層を垣間見せるレポートでした。この様に被災者はそれぞれ心に深い傷を負いながら、異常な状況下でも日常を装い、互いを支え合っていたのです。

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5月中旬、在京のメルビン・デンマーク大使から、「急遽フレデリック皇太子殿下が訪日される。目的はただ一つ、被災された方々を激励するため。」と言う電話が入りました。実際皇太子殿下一行は6月中旬、激しく被災した街の一つである東松島市に果然と入られます。仙台市から車で約40分、高速道路の海側に延々と続く見渡す限りの瓦礫の山、同じ方向に倒れた松の樹々、ご遺体発見の現場で立ち止まる車列、そしていまは静かな海辺。そういう中に足を踏み入れ、仮設住宅前に立ちつくす被災者に声をかけられます。浜市小学校では子ども達との給食後、サッカーチームとの試合に参加され、同じくデンマークチームに参加した私に「アンバサダー佐野はオウンゴールをしても良いよ」と呟かれます。赤井南保育園では、幼児の中に飛び込み、レゴブロックをプレゼントされました。日本三景の松島では遊覧船に乗られ、鴎が飛び交う中「自分は日本が安全であることを世界に示したかった」とのメッセージを発されます。こうして、ヘビーな日程をこなされた「北の国からやってきた王子様」に勇気づけられたのは、これら子ども達だけではなかったはずです。

それに先立つ3ヶ月間、多くの在留邦人やデンマーク政府、国民そして企業に暖かい支援を頂きました。マルグレーテ2世女王陛下、ラスムセン首相、エスパーセン外相等からの親書、同首相から私への弔意表明、緊急チームの派遣、24、000枚の毛布、多くの関連企業職員による多額な献金、ヘルブスト牧師によるコルセヴェイス教会でのミサ、日本大使館前のキャンドルサービスにに集まってくれた学生達、当地の音楽家達のチャリティーコンサートに参加してくれた人々、街頭募金に応じてくれた市民や観光客、お母さんに促されて小さな手で5クローネを私に手渡してくれた3,4歳の女の子。
   東京でも「自分は被災された方を助けたいんだ」と言って、未だ放射線の危機が報道され多くの外国人が日本を去る中、敢えて被災地に乗り込んだメルビン大使夫妻。そうした被災した人々に寄り添おうとするデンマーク人の素直な気持ちに触れたことは、この国に住む私達に、デンマーク人について何ものかを感じさせてくれました。この国との関係を職務とする私にとっても大変貴重な経験でした。

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内閣府は、今回の地震と津波による直接的被害は約17兆円という試算を出しました。これはデンマークのGDPの6-7割に相当する巨大な損失です。また、様々な研究機関がこのダメージが今後の日本経済に与える影響につき見通しを出しています。概ねどの予測も、 2012 年の経済成長率はプラスに転じるとしています。また、様々なインフラが急速に復旧されています。東北新幹線、東北自動車道路など東北経済の大動脈、空港や多くの港も使用可能な状態になっているようです。更に一時懸念された製造業のサプライチェーンも多くが夏までに復旧を見込んでいます。福島第一原発については予断を許さない状況が続き、多くの住民が大変困難な生活を強いられていますが、循環冷却装置が始動したことは一つの前進だと考えられます。これらの地方の懸命な努力に世界が注目しています。

しかし、私は、今回の大震災の影響で最も懸念すべきは被災された方々の負った深い傷、メンタル・ダメージ、およびそれが中長期的に日本社会に及ぼす影響だと思います。親を失った子達、子を失った母親達、大切な兄弟の死、家・家財道具の全てを失った高齢者、故郷のクラスメイトと離れざるを得ない生徒達。これまでの生涯を否定されたかのような深い喪失感。それらを一体どうするのか。

苦境にあるときこそ人間が試されると言います。国や国民もそうでしょう。困難な時ほど、国や国民の価値や生命力が問われます。1864年、プロイセンとの戦争に敗れ、最も豊かな南部二地域(南シュレースヴィヒ及びホルスタイン)を失ったデンマークは未曾有の国難に直面します。その時、教会や制度よりも個人としての人間に焦点を当て、人々を鼓舞し啓蒙したグルントヴィ、「外で失いしものを内にて取り返すべし」として荒野ユトランドの植林に奔走したダルガス親子の半世紀に亘る歴史がそのことを教えているようです。我々日本及び日本人も今「試されている」のは間違いありません。先輩達が営々と築き上げてきたこの美しい国を希望と志をを失わず、智恵を出し合い、整然とした行動を以て復興し、改革を進め、未来に向けてもう一度大きく扉を押し開くことが私達に求められているのだと考えます。

 

在デンマーク日本大使

佐野利男