「海は広いな、大きいな」(大使からの手紙7月号)

令和3年7月30日
拝啓
 暑中お見舞い申し上げます。7月のコペンハーゲン、おおむね晴天の日が続きました。日本と比べると湿度が低く、からっとしていますが、太陽の日差しを求めて、港町の人々は海辺で日光浴にいそしんでいます。

 「日本とデンマークはともに海洋国家ですね。」一昨年の年末、着任の挨拶に出向いたデンマーク海運協会のアン・ステファンセン事務局長より、開口一番お聞きした挨拶です。その後、国連海洋法条約、海運、気候変動、航行の安全、国際海事機関(IMO:本部ロンドン)など、デンマークと日本の海洋協力について、小一時間ほどお話をうかがいながら、意見交換したことが思い出されます。元駐英デンマーク大使を務めたステファンセンさんは、なかなかの論客で、その後も折々、デンマークについてさまざまなことを教えて頂く機会があります。
 
「2つの海が出会う」デンマーク北端スケーエン
(左手前が北海、右奥がバルト海。2020年8月、筆者撮影)

 日本とデンマークの交流は、大海原を渡った先人たちの出会いによって始まりました。1867年の修好通商航海条約の締結の前、1846年には、ステーン・ビレ少将が軍艦ガラテア号で相模湾沖合に来航しました。1873年には、岩倉具視使節団がデンマークを訪問しました。その後も、共に貿易立国である日本とデンマークは、海を介して友好関係を深めてきました。

 さて、本年1月に、デンマーク外務省及び国防省より新しい人事の発表がありました。近年の海洋安全保障の重要性の高まりに鑑み、海洋安全保障を専門に担当する特別代表が任命されました。この人事の背景には、アフリカ西岸のギニア湾沖を航行するデンマーク船舶が海賊などに襲撃される事件が相次いだことも1つの要因としてあります。海運最大手「マースク」社などから、一刻も早く対策を講じて欲しいとの要請があり、デンマーク政府は、同海域へのフリゲート艦の派遣を決定するなど、着実に対策を強化しています。ちなみに、デンマークは、中東湾岸海域での航行の自由を確保するために、2020年2月にベルギー、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ポルトガルと共に「ホルムズ海峡における欧州海上警戒」(European Maritime Awareness in the Strait of Hormuz(EMASOH))を立ち上げ、フリゲート艦を派遣し、また2021年からEMASOHの指揮をとっています。
 

2021年11月からデンマークはギニア湾沖にフリゲート艦を派遣。注:写真は実際に派遣されるEsbern Snare艦ではなく、Iver Huitfeldt号。
(写真:デンマーク国軍HP)

 日本は、G7の協力の一環として、2017年より、ギニア湾沖の航行の安全のために沿岸国の海上犯罪の取り締まり能力向上を目指す研修などの協力や、IMOへの100万ドルの資金拠出により、中・西部アフリカ諸国の海上安全保障能力構築に貢献しています。また、中東地域の平和と安定及び日本関係船舶の安全の確保のため、外交努力を強化し、2020年より、中東海域において自衛隊による情報収集活動を実施中です。

 海を通じた国際社会の安定と繁栄の達成。2016年、日本はケニアで開催された第6回アフリカ開発会議にて、「自由で開かれたインド太平洋」について発表しました。当時の安倍総理の発言を以下に抜粋します。

 「アジアの海とインド洋を越え、ナイロビに来ると、アジアとアフリカをつなぐのは、海の道だとよくわかります。世界に安定、繁栄を与えるのは、自由で開かれた2つの大洋、2つの大陸の結合が生む、偉大な躍動にほかなりません。日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任を担います。」

 その後、米国、豪州、インド、ASEANといった国々と、「自由で開かれたインド太平洋」の協力を進め、また、デンマークやEU諸国との意見交換も重ねてきました。本年4月、EUは、自らのインド太平洋戦略を発表し、その中で、日本と同じ方向を向いた政策を重ねて行く意図を表明しました。
 

 
 「海は広いな、大きいな。」日本の童謡のメロディーで思い出すのは、1982年、学生時代に初めての海外体験で、「東南アジア青年の船」に乗って、インドネシア、シンガポール、マレイシア、タイ、フィリピンの青年と一緒に、2か月をかけて、ASEANと日本を旅した時の海の風景です。2020年、ASEANは、自らのインド太平洋に関する協力について発表し、海洋協力、連結性、国連持続可能な開発目標、経済等の分野での協力を一層強化して行くとしています。もちろん、日本はASEANとの協力を今後も大切にしていきます。海は広くて大きく、そして、自由で開かれたみんなのもの。「月はのぼるし、日が沈む」。そうした平和で美しい海を引き継いでいけるように、デンマークと日本が、国際社会と共に、協力を重ねていける可能性はふくらみます。

 それでは、読者の皆様のご健勝を祈りつつ、来月またこの紙面なりどこかでお会いできることを楽しみに。良い夏をお過ごしください。
 
 敬具
在デンマーク日本大使館
宮川 学
 








7月コペンハーゲン市内、グルンヴィッド教会前の筆者

 
追伸:
 7月は、デンマークの夏季休暇本番の季節です。今月は、ウラム国立血清学研究所長、トー・ボーンホルム市長、外務省のラスムセン官房長兼領事局長、ブロード国際法総局長等の幹部、当地外交団・国連機関関係者等とお会いし、両国間協力、新型コロナウイルス感染症下の当地日本人の方々の安全と安心の確保、地方交流等について意見交換しました。