大使レター8月号 徳川幕府最後の条約―1867年の日デンマーク修好通商航海条約

令和3年8月31日
拝啓
   残暑お見舞い申し上げます。とはいえ、8月末のコペンハーゲンは、朝は12度、昼でも20度に達せず、北国らしい、とても涼しい日々が続いてます。日によっては、以前勤務したモスクワよりも涼しく、毎朝、長袖のジャージを羽織って散歩しています。
   街中を歩けば、赤いTシャツ姿の看護師の方々が大勢で賃上げを要求する行進や、コペンハーゲンで久々に主催されたワールド・プライド週間にはレインボー・カラーの旗、7色に飾られた建築などを見かけ、花屋に行けば、インパチェンスやフクシヤといった夏の花が姿を消し、菊やシクラメンが棚に並べられ、週末の市場では、真っ赤ないちごや緑色のプラムに様々な値段をつけて売るいくつもの店が登場し、食欲の秋の足音がそこまで聞こえてくる今日この頃です。
 
(1867年日デンマーク修好通商航海条約。テーブル右奥の紫背表紙)

   さて、今月は、新館に引っ越しを終えたばかりのデンマーク国立公文書館を訪ねる機会がありました。館長のイエンセンさんと学芸員のスヴェネ=クヌッセンさんの案内で、1867年に将軍徳川慶喜とクリスチャン九世国王陛下により署名された日デンマーク修好通商航海条約の原本のデンマーク側保存版を拝見しました。
   この条約は、徳川幕府が諸外国と締結した最後の修好通商航海条約です。デンマーク国王クリスチャン九世に交渉のための全権を与えられたポルスブロック(D. de Graeff van Polsbroeck)在京オランダ大使館公使が、1866年夏頃から、幕府に対して交渉開始のための働きかけを本格化させました。種々やりとりの後、その年の暮れには、柴田日向守剛中、栗本安芸守鯤、大久保帯刀の三名が全権交渉者に任命され、約2週間のスピード交渉にて、1867年1月12日、調印に至りました。デンマークは、米国(1858.7.29)、オランダ(1858.8.18)、ロシア(1859.8.19)、英国(1858.8.26)、フランス(1858.10.9)、ポルトガル(1860.8.3)、プロイセン(1861.1.24)、スイス(1864.2.6)、ベルギー(1866.8.1)、イタリア(1866.8.25)に次ぎ、11番目の修好通商条約締結国となりました。
   オランダ語と日本語で書かれた23条から成る条約本文、入港手続きを定めた6規則(Regulations)、関税表を主体とする11追加条項(Additional Articles)は、全て几帳面な手書きの文字で書かれ、手袋をお借りして、拝見した各ページからは、幕末から明治にかけての先人達の息遣いが伝わってくるような気がいたしました。関税表のトップは、輸出品目として「干しアワビ(Awabi(abalone), dried)」で始まり、絹、綿、蚕、イカ、鹿角、石炭、鉛、キノコ、海苔、菜種、ジャガイモ、和紙、酒、しょうゆ、茶、タバコなど、輸入品目として、衣類・布地、ろうそく、皮革、鉄製品、ガラス、砂糖、バッファロー及び鹿角など、当時の貿易品目が1品目ずつ、各従量税とともに記載されています。さしずめ今で言えば、自動車、豚肉、風力発電機器、医薬品、レゴ、IT等の主要貿易品目に相当する物品が、当時は、ほとんど一次産品であったことも、隔世の感があります。

   1867年条約は、治外法権、関税自主権の欠落といった点で日本にとって不平等条約でしたので、1873年には岩倉具視使節団が改正予備交渉のためコペンハーゲンにも訪問し、その後の改正交渉を経て、領事裁判権の撤廃、関税自主権の一部回復を達成しました。同公文書館では、右改正の結果、1895年(明治28年)10月19日に調印された日デンマーク通商航海条約の原本も見せて頂きました。菊の御紋の入った表紙をめくると、100年以上前の文書とは思えないほど、真っ白な紙の上に、手書きの英語と日本語がしたためられています。陸奥宗光外務大臣の下、赤羽四郎全権代表が、デンマークのレーツス・トウト全権代表と交渉にあたりました。


 (コペンハーゲン近郊の週末マーケット)
 

(World Pride 於:コペンハーゲン市内国連都市)
 
   デンマークでは、9月10日から、新型コロナウイルス感染症は「社会的に重大な病気」の分類から解除される予定です。ワクチン接種が広く行き渡り(8月末で8割弱)、感染症はコントロール下にあるとの判断で、大規模イベントやナイトライフでのコロナパス提示不要といった緩和が予定されます。但し、デンマークも新型コロナウイルス感染症から抜けきった訳ではないので、再発の場合は規制が再導入されるとの注意書きがついています。
   それでは、まだしばらく気の抜けない日々が続きますが、読者の皆様のご健勝を祈りつつ、来月またこの紙面なりどこかでお会いできることを楽しみに。良い夏をお過ごしください。
 
敬具
在デンマーク日本大使館
宮川 学
 




8月王立防衛大学での講演を終えて
 
追伸
   今月は、オリンピックの閉会式前に、プレーン食料・農業・漁業大臣が訪日し、野上農林水産大臣との会談が実現しました。また、当方は、ホメルゴー雇用大臣、モーエンセン文化大臣(当時)、エレマン国会第一副議長、リデゴー国会外交政策委員長、フェンガー・ゲントフテ市長、ラスムセン・エスビャウ市長、ハンセン・フレデリクスハウン市長、ボッツアウ・エネルギー庁長官、アナセン・ヴェスタス(風力発電)CEO、ニッパー・オーステッド(風力発電)CEO、マッセラAGCバイオロジックスCEO、マルケト・セーリング協会会長、イエンセン・フェンシング協会事務局長、イエンセン・サッカー協会事務局長、ヴィッタマー・コペンハーゲン大学比較文化学部長(及び日本語学科関係者)、イエンセン国立公文書館長、外務省のグロンベック=イエンセン外務審議官等の幹部、ハード・グリーンランド自治政府外務省儀典長、ハンセン・フェロー諸島自治政府コペンハーゲン事務所長、当地外交団・国連機関関係者等とお会いし、両国間交流・協力、当地日本人の方々の安全と安心の確保、現下の国際情勢等について意見交換しました。
   更に、デンマーク社会の再開にともない、メアリー皇太子妃殿下御出席の国連LGBTQセミナー、コフォズ外務大臣による外交団ブリーフへの出席、王立防衛大学での講演、AGCバイオロジックス社鍬入れ式祝辞、グラセ・グラッドサクセ市長(台東区姉妹都市)の招待による地元中学校との交流など、様々な行事にもお声がけ頂き、出席させていただきました。ありがとうございました。