大使レター10月号 「グリーンランド再訪 その2(報告編)」
拝啓
秋雨の候、読者のみなさまにおかれましては、如何お過ごしでしょうか。10月のコペンハーゲンは、日増しに紅葉が進み、森では家族連れでキノコ狩りを楽しむ人々、本来は子供たちが芋ほりを手伝うためであった1週間の秋休み、といった具合に季節を感じる日々です。また、10月初旬にマルグレーテ二世女王陛下のご臨席の下、国会が開会し、11月16日には地方統一選挙が実施される予定であり、政治の季節も深まりつつあります。
さて、筆者は、9月28日から10月1日までの4日間、デンマーク外務省及びグリーンランド自治政府の主催によるグリーンランド訪問に参加してまいりました。当地で働く38か国の大使たちと一緒に、4月の総選挙で誕生したエーエデ・グリーンランド首相兼外相が目指す、グリーンランドの新たな外交、経済政策などについて、直接見聞してきましたので、先月の予告編に続き、簡単に報告いたします。
グリーンランド・カンゲルルスアーク空港 Tokyo 10時間、コペンハーゲン4時間、ニューヨーク4時間
1 エーエデ・グリーンランド自治政府首相の挨拶
エーエデ・グリーンランド自治政府首相の挨拶 ヌーク市内 首相官邸 夕食会のトナカイ肉
「グリーンランドは、国際社会との協力を重視し、北極圏協力を通じて、各国との相互理解を深めたい。」エーエデ首相から、我々外交団に対する第一声でした。初日、首都ヌークで開催されたグリーンランド自治政府主催の夕食会の席上での発言です。具体的には、主要産業たる漁業に加え、レア・アース等の鉱業、空港拡張等のインフラ整備の新たなビジネスを興し、経済を多様化させていくことが重要な課題の由です。そして、気候変動対策。風力等の再生可能エネルギーを推進し、今後、再生可能エネルギーを90%まで高めることを目指すとの野心的な計画を立てています。
ヌーク市内 ハンス・エーエデ像
グリーンランドは、デンマーク王国の一員です。具体的には、2009年にマルグレーテ二世女王陛下により手交された自治政府法前文に、「本法は、グリーンランド住民は、国際法に則って自決権を有する住民であるとの認識に立ち、デンマークとグリーンランドの間のパートナーシップに沿った平等と相互信頼に基づく。グリーンランド自治政府とデンマーク政府は対等なパートナーである」と記されています。グリーンランドが自治政府として、責任の移譲を受けていない事項は、(1)憲法、(2)市民権、(3)最高裁判所、(4)外交、防衛及び安保政策、(5)通貨・金融政策です。外交については、同法第4章に規定があり、(1)グリーンランド自治政府は、デンマーク政府との合意によって国際関連事項について行動すること、(2)グリーンランド及びデンマーク王国相互の国益を保護し合うこと、(3)デンマーク当局が外交及び安全保障政策につき憲法上の責任を維持すること、(4)グリーンランド自治政府は、グリーンランドに関連し、かつ責任移譲が行われた分野については、行政取決めを含む協定を交渉し締結できること等が盛り込まれています。
2 日本とグリーンランドの協力
今回の訪問では、今後の日本との関係を考えるのに参考になる、3つの印象に残るお話をうかがいました。
(1)ロイヤル・グリーンランド社との水産貿易
ロイヤル・グリーンランドの主要輸出品目(エビ、おひょう、たら)(2021年10月撮影)、本社(2020年2月撮影)、
1つは、水産最大手で東京にも拠点をもつロイヤル・グリーンランド社幹部から、「90年代以降、日本が最大の輸出先であったが、最近では中国の消費が急増しつつある。」とのお話です。筆者は、2020年2月に日本企業の方々と一緒に同社を訪問した際も、伝統的なエビ、おひょう、タラの対日輸出に加え、ウニやナマコの輸出の展望はどうかと指摘したことがありますが、今回も同じ質問をしてみました。同社幹部の回答は、「水産輸出品の多角化は有効な戦略であるも、関連技術が社内で十分に発達していない」とのものでしたが、後日、デンマーク関係者から、「ウニの輸出に関連する日本の技術を商業上、活かせないものであろうか」との示唆を得ています。
(2)海運大手ロイヤル・アークティックのビジネス展望
ロイヤル・アークティックCEOのプレゼン(2021年9月)、同社本社から見た港(2020年2月撮影)
もう1つ印象に残るお話は、海運最大手のロイヤル・アークティック社CEOから、北極航路の見通しについて、「商業化には10-15年以内に実現すると予測。課題として、砕氷のための補助船の帯同がある。商業化すれば、アジア市場への輸送距離と時間が大幅に短縮されるメリットあり」との見方をお聞きしたことです。将来のグリーンランドとの経済関係の潜在性を考えていくにあたり、興味深いお話でした。
(3)北部イルリサット市と津波
イルリサット市役所でのブリーフ(津波、市政、観光)
3つめは、初耳でしたが、グリーンランド北部のイルリサット市のナラニエルセン第一副市長が、「最大の政治課題は、津波対策です」と、2017年にあった津波被害の動画を上映しながら説明されたことです。イルリサットの津波は、氷河及び陸上の雪崩によって引き起こされます。筆者からは津波対策について質問しましたが、歩行区域の制限等にとどまっている由でした。「日本はデンマークと協力して、長年にわたり北極圏の科学調査を積み重ねてきた実績がある。何か早期警戒が可能になる日本の技術やデータがないだろうか」と、その日以来、心の中で反芻しています。
3 観光促進
UNESCO自然遺産セルメック・キャレック氷河
最後に、グリーンランドと日本の関係を考えるにあたって、もう1つ重要な点は、観光促進です。この夏、イルリサットに氷河センターが開館しました。2004年にUNESCO自然遺産に登録されたセルメック・キャレック氷河を見下ろすセンターでは、4000年の氷河の歴史を学んだり、会議や展示も可能な施設が備えられています。今月、グリーンランドを御訪問されたマルグレーテ二世女王陛下もお立ち寄りになられていました。観光促進は、グリーンランド自治政府の重要施策でもあり、首都ヌーク及びイルリサットの空港拡張工事、ホテル建設も進行中です。大自然を堪能しながら、夏は、白夜、セーリング、カヤック、クジラ見学等、冬は、オーロラ、犬そりといった観光アトラクションがある由です。百聞は一見にしかず。遠からず、新型コロナウイルス感染症の収束後、日本人読者の皆様も、是非、グリーンランドを訪れてみては如何でしょうか。
イルリサット氷河センター全景 氷河の氷
末筆ながら、この場をお借りしまして、今回の外交団グリーンランド訪問を主催されたグリーンランド自治政府及びデンマーク外務省、我々を温かく迎えて頂いたヌーク市、イルリサット市はじめ関係者の方々に、貴重な機会を頂きましたことに深く御礼申し上げます。
それでは、今月はこの辺で失礼いたします。読者の皆様のご健勝をお祈り申し上げ、また来月、デンマークのどこかで、またはこの紙面にてお会いできることを楽しみにしつつ。
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宮川 学 | |
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在デンマーク王国日本大使館 宮川 学 デンマーク公共放送ビッグハンド(DRBB)新アルバムから”I Said Cool, You Said…What ”(狭間美帆主任指揮者)を聴きながら |
追伸:
今月は、昨年春に、新型コロナウイルス感染症による規制が開始されて以来、初めての日本政府からの出張者として、齋藤雅一防衛研究所所長御一行がデンマークを訪問され、王立防衛大学関係者はじめ、当地で開催されたNATO関係の会議に出席されました。
また、筆者は、デンマーク国内オリンピック委員会創立125周年式典の席上、ご臨席されたフレデリック皇太子殿下にご挨拶申し上げる機会を賜った他、テスファイ移民統合大臣、ホイニケ保健大臣、バーン「ハルドー・トプソー社(グリーン燃料)」CEO、ポールセン「コペンハーゲン・インフラストラクチャー・パートナーズ」マネジング・パートナー、ホルテン王立劇場支配人、ナトロップ国内オリンピック・パラリンピック委員会委員長、クリスチャンセン・ハンドボール協会事務局長、リベルグ王立防衛大学校長、フィッシャー・デンマーク国際問題研究所長、ブロスゴー・コペンハーゲン商科大学教授、クラブ=ヨハンセン「ベアリンスケ紙」CEO及びイエンセン同編集長、クリスチャンセンTV2CEO、スメド・ヴォルディンボー市長、ラッツスロウ望星国民高等学校校長、セアキャー保健次官、アナセン移民統合次官代行及び複数の外務省幹部、当地外交団関係者等とお会いし、デンマーク在住の日本人の安全と安心の確保、日デンマーク協力の強化等について意見交換いたしました。
更に、ホーダー国会議員在籍40周年記念式典への出席、メッテ・ホルム氏(日本文学のデンマーク語翻訳)の叙勲伝達式主催などの機会に、大勢のデンマーク及び日本の関係者の方々とお会いすることができ、感謝申し上げます。