大使レター4月号 「ヒュッゲ、信頼、ヤンテの掟」

令和4年4月29日


拝啓、

     読者のみなさま、如何お過ごしでしょうか。
     4月、デンマークでは、3年ぶりに対面のコペンハーゲン桜祭り(最大の日本文化行事)が開催され、マルグレーテ二世女王陛下の82歳の御誕生日も、コロナ前と同じように国民に祝賀されるといった具合に、新型コロナウイウルス感染症はかなり収束した感があります。一方で、ロシアによるウクライナ侵略を受け、国内津々浦々にウクライナ国旗が掲揚され連帯が示される中、4月21日、フレデリクセン首相がキーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領に対して更なる軍事支援等を約束し、ウクライナをめぐる関心は高まっています。
     日本でも、ウクライナ避難民の日本での暮らし、3億ドルの対ウクライナ人道支援、厳格な対ロシア制裁と共に、G7諸国をはじめ同志国と協調した外交努力について、連日報じられていますが、一日も早くウクライナに平和が回復されるよう、日本とデンマークも意思疎通に努めています。
     そうした中、今月20日、デンマーク政府は、2030年までに70%の温室効果ガスを削減する目標(以下、70/30)に道筋をつける新たな対策案を発表しました。同案では、ウクライナ侵略を受け、ロシア産ガスに依存しない必要性が強調され、CO2の排出量に応じて一律に課税される炭素税の導入が盛り込まれました。本案が実施されると、70/30達成のために削減すべき温室効果ガス940万トンの内、370万トンの削減が可能となり、合意済の農業部門での400-600万トン、EU関連の100万トン削減と合わせ、目標達成が可能となるとの見通しです。既に、与野党5党間で合意があり、具体的な実施に向けて、政府の作業が急ピッチで進められています。

     さて、デンマーク在住の日本人の方々は、良く聞かれる点かと想像しますが、筆者も、2022年も世界幸福度ランキング2位のデンマークは、なぜ幸福なのかとの質問を受けることがあります。諸説ある中で、3つのキーワードがあるように思えます。第1に、ヒュッゲ。家族や友人とくつろいだ時間を過ごすひとときのような状況や心のあり方を指します。第2に、信頼(trust)。充実した社会保障、生涯教育とそれらを支える高い税金。納税者は、払った税金が正しく使われることを信頼し、政府は信頼に応える。そして、第3は、謙虚にがんばる資質。「ヤンテの掟」にある「自分が人より偉いと思うな」を実践しているデンマーク人と出会うことが、よくあります。
 そして、これらの特徴と気候変動70/30目標は、どうやら密接に関連しているように思われます。

1 ヒュッゲ
     この言葉から、デンマーク人が想像する事象は多様です。ある人は、デンマーク人にとって、ロウソクを灯すことは、もっともヒュッゲな時であると指摘します(例:Meik WIKING, “Danish hygge”)。特に、日没が早い秋から冬にかけて、デンマーク家庭のロウソクの消費量は半端でなく多く、おそらく、CO2排出量も相当なものであると想像されます。
     しかし、「もうロウソクはやめましょう」との話は、寡聞にて聞きません。なぜ、そうなるか。やはり、大切な価値は、何とかして守るとの心意気ではないかと想像します。その価値の中には、子孫のために、地球を住みやすい場所として受け継いでいくとの強い意志が含まれます。ロウソクは燃やしても、他の手段を総動員して、2050年の脱炭素社会を勝ち取るとの意思を感じます。

2 信頼(trust)
     デンマークが再生可能エネルギーを推進し、特に、風力発電をビジネスとして成功させている背景にあるのが、個人と社会との信頼関係であると聞きます。つまり、重要課題については、主張の異なる政党が徹底的に議論を行い、政党間合意として、政権交代によっても不変の枠組みを設定し、合意の上は目標に向かい邁進します。
     また、若者の役割も顕著です。コロナ前には、国会前で、金曜日に高校生たちが中心となり、「気候変動対策をもっとしっかり進めろ」と主張する集会が開かれていました。若者と女性政治家、そして気候・エネルギー・供給大臣とが、意見の違いを乗り越えて意思疎通する様子が、「70/30」(2021年フィーエ・アンボー監督)とのデンマーク映画で丹念に描かれています。3者を繋ぐのも信頼関係です。
           



 

     更に、最も本気なのが企業関係者です。グリーン・トランジションは、利潤の追求と社会の福利厚生に役立つとのヴィジョンをもち、大手エネルギー企業は日本への洋上風力発電投資を推進中です。海運最大手マースク社は、グリーン燃料への転換、特に、アンモニア、メタノール更に水素燃料の活用に力を入れ、海運業界の脱炭素を推進する研究センターを新設し、既に、日本企業からの社員が常駐し、高い士気をもって研究・分析を進めています。企業が社会の信頼に応える、社会も企業を信頼する相互関係が見てとれます。

3 ヤンテの掟とデンマーク人の謙遜
     デンマーク人に、「本当に2030年までにGHG70%削減できるのですか」と問うと、「いや、実は誰も方法は分からないのですよ。ただ、やらなければならない」との答えが真顔で返ってきます。しかし、これはデンマーク人独特の謙遜の表現かもしれません。
     「ヤンテの掟」は、「自分をひとより偉いと思ってはならない」といった10箇条からなる戒めで、日本の「実るほど頭の下がる稲穂かな」にも通じるように思えます。ヒュッゲなデンマーク人の典型的な1日は、夫と妻はそれぞれの職場へ向かい、夕方4時半には仕事を終えて、午後6時半のニュースを観て、家族で夕食をともにすることと言われます。ところが、良く話しをきくと、続きがあります。午後8時半には、子供をベッドで寝かしつけ、自室でパソコンをオンにして、翌日の仕事の準備をする。ほほえましい第2幕です。
     とすると、「70/30を達成する方法は分からない」と言いながら、実は、対策があるのではないかと、勘ぐりたくなります。上記の炭素税提案は一例です。デンマーク人のほほえましくも、すごいところではないかとも思われます。
     長文となり、失礼いたしました。次は5月に、デンマークか、この紙面で読者の皆様とお会いできることを楽しみにしております。


敬具  

在デンマーク日本大使館
宮川 学 拝
 




 








追伸
     今月は、ラナ・フェロー諸島外相が訪日し、鈴木外務副大臣と協力覚書に署名し、一層の協力関係を深めていくことで一致しました。
     筆者は、ニューボー「ユラン・ポステン」紙編集長兼CEO,リデゴー国会外交委員会委員長(元外務大臣)、オーケン国会議員(元環境大臣)、ソアンセン特許商標庁長官、シルマ=ヨンス供給安全保障庁長官、ウィンディン・ビジネス庁長官、バーフォー・コペンハーゲン環境・技術担当市長、ビャカレフ「デンマーク工科大学」学長、コペンハーゲン大学比較文化学部長、ウィレスレフ国立博物館長、エレマン=キンゴンベ首相府外交担当次官補、ニッセン「アマー資源センター(コペン・ヒル)」CEO,ノア=ペダセン農業食料理事会事務局長、シューネマン外務省財務担当外審補、ハンセン・フェロー諸島当地事務所長、当地各国大使等とお会いし、日デンマーク・フェロー諸島関係、デンマーク在住の日本人の安全・安心の確保、ウクライナ情勢、気候変動等について意見交換を行いました。また、3年ぶりのコペンハーゲンさくら祭の開会式にて祝辞を述べる機会を頂き、ありがとうございました。