大使レター8月号 「フェロー諸島と日本の交流ー「アザラシ女」と「鶴の恩返し」:2つの物語」

令和4年8月31日

拝啓、

   日本では暦の上では秋ですが、まだまだ暑い日が続く中、読者の皆様、如何おすごしでしょうか。8月末、2年半ぶりにデンマークの自治領フェロー諸島に出張しました。フェロー諸島は、自然豊かで、風光明媚、機知に富んだ温かな人々、サケをはじめ水産物にも恵まれた、一人当たりGDPも大変高い素晴らしいところです。この10年間、順調に経済成長を遂げ、人口も増加しています。既に、新型コロナウイルス感染症をおおまか克服し、大型観光船のクルーズ客、コペンハーゲンから2時間、空路で訪問する人々で、街中のホテルやレストランは満杯です。これから日本との関係も、ますます深まっていくことが予想されます(本レター6月号も参照下さい)。日本の読者の中には、昨年のパラリンピック・マラソン競技の途中で立ち止まり、観客に深々とお辞儀をしたフェロー人選手ヴァットンハマーの姿を覚えている方もおられるかもしれません。


 


 
   今回は、フェロー諸島大学の協力を得た第7回日本映画祭の開催、フェローの方々による初のフェロー語日本語オンライン辞書の立ち上げ式典への出席、和歌山県太地町の姉妹都市クラクスヴィーク市長及び首都トースハウン市長訪問、そして日本企業の代表の方々とともにニールセン首相をはじめとするフェロー諸島政府及び企業の関係者と将来の両国間協力及びビジネス対話を行ってまいりました。

   週末に開催した日本映画祭では、国際交流基金の協力を得て、日本のドラマ(「世界は今日からきみのもの」、「大阪ハムレット」)、アニメ(「秒速5センチメートル」など)、ドキュメンタリー(「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家森山大道」など)7本とフェローの映画1本(ヘルムスダール監督「トロール兄弟」)を上映し、コリンズ・フェロー大学学長はじめ、大勢の方々に日本文化や社会について益々関心を深めて頂けたものと思います。同時に、フェローの自然、社会、宗教、ユーモアなどを30分に凝縮した美しい映像で紹介いただいたヘルムスダール監督とその作品「トロール兄弟」に改めて拍手を送り感謝申し上げます。

 


 
   月曜日の最初の訪問先は、イエニス・ラナ・フェロー外務文化大臣。4月に訪日され、両国間の包括的な協力を定めた協力覚書に署名した大臣と二国間及び国際情勢について有意義な意見交換を行いました。その後同日午後、港町クラクスヴィークを訪問し、ヨハンセン市長主催の昼食会で、地元の美味しい魚のフライとパンと野菜、ルバーブのパイを頂きながら、2018年から正式に始まった太地町との姉妹都市交流を進めて行きたいとのお考えについてうかがった後、市長の案内にて、クラクスヴィーク市の老舗の船舶修理企業、スタートアップが集まるイノベーション・センターで、ビジネス関係者と意見交換を行い、最後に、クラクスヴィーク市出身の国民的画家エドワード・フグロ氏のアトリエを訪ねました。この手紙の末尾の写真は、フグロ氏が民話の絵本に描いた作品の1つです。

   火曜日からは、日本企業の方々に合流いただき、ニールセン首相表敬、ラスムセン環境経済大臣、フェロー経済連盟及び数多くのフェロー企業とのビジネス対話を行いました。例えば、フェロー産のサケは、高品質と安全性の高さで欧米、アジアに販路を広げています。日本にも輸出されており、大手サケ輸出企業2社への個別訪問を通じて、日本のパートナーとの対日輸出増大に強い関心が表明されました。また、通信企業のフェロー・テレコム(Faroese Telecom)は、明治時代に日本と欧州を海底ケーブルで初めて繋いだ「大北電信」ともゆかりのある企業の由であり、今は、国内のデジタル化をEUよりも早いペースで進め、目指すは世界No1とする勢いのある企業です。こうした大企業と同様に、過去10年常に成長してきたフェロー経済を牽引しているのは、多くのスタートアップであるとの印象も持ちました。例えば、海藻養殖で急成長したオーシャン・レインフォレスト(Ocean Rainforest)社は、海中のCO2を海藻に吸収させ気候変動に対処すると同時に、海藻を食品や家畜飼料の原料として供給することで急成長中の会社です。海藻にはなじみの薄い欧州市場向けに、ヨーグルトの上にふりかけのようにかけて食べるドライ海藻のフレークを開発するなど、日本人では思いつかない工夫を行っていました。以上に加え、再生可能エネルギー、デジタル、サケの衛生関連研究、海運・観光など様々な企業及び政府機関との具体的な意見交換を通じて、我々日本官民代表団のフェロー経済・社会への理解は格段に深まり、今後も対話を継続していくことの相互利益について認識が一致しました。
 




 
   今回の滞在中、一晩にして最も多くのフェローの方々が一堂に会したのは、フェロー語日本語オンライン辞書の立ち上げレセプションでした。日本人男性と結婚されたフェロー人女性が夫婦で作り上げたフェロー語日本語オンライン辞書。例えば、フェロー諸島の伝統的なごちそうである羊の干し肉について、ボタン1つで日本語の説明が出てくるといった具合で双方向の翻訳機能には、会場から大きな拍手が送られました。国際色豊かな地元合唱団による歌唱、日本人教師とフェロー人による村上春樹作品の両言語での朗読、辞書の紹介があり、ささやかながら大使館が提供した日本酒も参加者には楽しんでいただき、ご自身も映画に外務文化大臣役で出演されたこともある(フェロー・デンマーク2021年共同製作「乾杯」)ラナ外務文化大臣も、最後まで参加して交流を深めておられました。



   最後に、クラクスヴィーク市長に教えて頂いたフェロー民話「アザラシ女」について一言。日本の「鶴の恩返し」を彷彿させるとても印象深い伝説です。物語のさわりのみ紹介すると、以下のような感じです。

   昔々、アザラシたちは海におぼれた人間たちの末裔でした。年に1回、十二夜の日、アザラシたちは、毛皮を脱ぎ捨て、人間の姿となって浜辺で歌って踊って楽しみます。ある十二夜、村の若者は、それは美しい女性のアザラシの踊る姿を見て、毛皮を取り上げ、日が昇るとその女性を家に連れて帰り、妻にして暮らしはじめました。

   物語の続きは、いつの日か、フェロー諸島を旅行したり、フェロー諸島の方と会う機会がある時に、「アザラシ女」も思い出してみて、フェローの方々と語って頂ければ幸いです。フェロー諸島のことが、ますます身近に感じられると思います。

   それでは、また来月、デンマーク王国のどこかか、この紙面でお会いできることを楽しみに、今月はこの辺で失礼します。


 
敬具 
在デンマーク日本大使館
宮川 学 拝
 




 
 

 

追伸 今月上旬は、デンマークの夏休みでした。中旬以降、ホイネケ保健相、ニールセン自治領フェロー諸島首相、ラナ同外務文化相、ラスムセン同環境経済貿易相、モーテンセン・トースハウン市長、ヨハンセン・クラクスヴィーク市長、ハンセン・フェロー諸島外務次官、ヨアンドッティル同儀典長他フェロー外務省幹部、コリンズ国立フェロー大学学長、ヘルムスダール映画監督(フェロー短編「トロール兄弟」)、ウィンザー・フェロー産業連盟会長、ニクラセンKVFテレビ・ラジオCEO、グレゲセン・ヒドン・フィヨルド(サケ輸出)COO、ヴァンiNOVA(海洋研究)所長、グレゲセン・オーシャン・レインフォレストCEO(海藻)、ジスカセン・フェローテレコムCEO(通信)、ジャスティンセンスカンシ・オフショア会長(海運)、ヤコブセン・マグンCEO(エネルギー)、トムセンEFFO・CEO(エネルギー)、レイティナムグローバル・トラッカー会長(コンテナ機器)、グレフォス・クリントラCEO(ソフトウェア)、マグヌセン・フォーミュラCEO(ソフトウェア)、アブラハムセン・フェロー国家デジタル化計画長官、ヤコブセン・バッカフロスト営業部長(サケ輸出)、ホイ=イエンセン国防副次官、シルマー=ヨンス外務省安全保障代表他デンマーク外務省幹部、外交団とお会いし、日デンマーク・フェロー諸島関係の強化、在留邦人の安全と安心の確保、ウクライナ支援等の国際情勢について意見交換を行いました。

   また、デンマークと英国の国防省が共催したウクライナ支援会議に岡防衛審議官(オンライン参加)と共に出席し、更に、第7回フェロー諸島日本映画祭、フェロー語日本語オンライン辞書立ち上げ式典にて挨拶申し上げる機会を頂き、ありがとうございました。フェロー諸島滞在中には、3名の日本の方(注:フェロー諸島には、登録上6名の日本人が在住)ともお会いでき、お元気そうな姿を拝見できました。