「生きたことば」―日本とデンマークの文化交流
令和2年4月14日
デンマークが国境閉鎖、公共交通機関の利用自粛、商業施設の閉鎖等の規制を導入してから、1か月余が経ちました。日本とデンマーク、そして世界の国々で、新型コロナ感染症を克服する努力が続けられています。先ずは、皆様の健康とご無事をお祈り申し上げます。
1 フレデリクセン首相の問いかけ
4月2日、フレデリクセン首相は、自身のフェイスブックに、「芸術、文化及び心豊かな生活」と題して、少し長めの寄稿を掲載し、大変な今だからこそ、こうした目に見えない価値が大切だと思いませんかと、国民に対して問いかけました。以下、一部引用です。
「(劇場等文化施設の閉鎖にもかかわらず、バルコニーでの合唱、YouTubeの劇場中継などの新しい創造が生まれていることは素晴らしいとした上で)国民高等学校(ホイスコーレ)では、生きた言葉が必要だ。(中略)私たちは、芸術によって、経験を駆使して、人生の意味や人間とは何かを理解しようとする必要がある。困難な時こそ、希望、安らぎ、熟考が必要である。おそらく、我々の多くは、コロナによって、こうしたことに気づかされた面があるのではないか?ここ数週間、人命を守るための闘いが続いてきたが故に、命の意味について改めて考える機会ともなったと思う。困難な時こそ、お互いに支え合っていることに気づき、コミュニティーの精神が強く、深くなっていく。」
皆様は、どう思われますか?
2 日本とデンマークとの文化交流
時代を少し遡って、1873年4月18日(金)-23日(水),岩倉具視右大臣を特命全権大使とする日本政府使節団のデンマーク訪問は、両国の本格的な人物交流が始まった年として刻まれています。なぜ、デンマークを訪問先に選んだかについては、1つには、1867年、徳川幕府が締結した11番目で最後の修好通商航海条約の改正との目的、もう1つは、日本の近代化のために、欧州列強の間で、小国ながら、したたかに国家運営を行うデンマークから学ぶとの目的があったとされています。
実際、使節団の報告書「米欧回覧実記」は、デンマーク国民について、「一般ミナ質朴ニテ、生業に励ミ、奢麗ノ風ニ淫セサルハ欧州第一ナルベシ」と特徴づけ、1864年にプロイセン・オーストリアに敗れたデンマークについて、「凡ソ欧州ニ於テ、ヨク独立ヲ全クセル小国ハ、其兵ノ強健非常ナリ、(中略)其人民ノ気象モミナ強シ」として、敗戦という国難にもかかわらず,むしろ益々旺盛な国民の気概を賞賛しています。
再度、フレデリクセン首相のメッセージを読み返してみます。「困難な時こそ、お互いに支え合っていることに気づき、コミュニティーの精神が強く、深くなっていく。」新型コロナ感染症に直面したデンマークの国家と国民の生きざまが垣間見られるようなメッセージに思われます。 それは、岩倉使節団が観察したデンマークの精神性とも通じ、その後、「デンマルク国の話」を著した内村鑑三先生や、東海大学を創立しデンマークの国民高等学校の先進性を日本に紹介した松前重義先生が指摘され、今日も脈々と受け継がれているデンマークの精神であるとの印象をもちます。
3 新型コロナ感染症を乗り越えて
フレデリクセン首相の指摘した「命の意味」を、別の角度から考えてみます。命を脅かすこともある感染症を退治する1つの方法は、薬による治療です。3月28日、安倍総理は「有効な治療薬やワクチンの開発を世界の英知を結集して加速してまいります」と発言し、30日、テドロス世界保健機関(WHO)事務局長と電話会談し、「我が国が「アビガン」について、今後、希望する国と協力しつつ、臨床試験を進める考えである」旨具体的に打診しました。コペンハーゲン国連都市に本部がある国連プロジェクト・サービス(UNOPS)は、日本、WHOとも相談の上、世界各国から日本に要請のある「アビガン」の搬送を請け負います。

(1/16、グレタ・ファレモUNOPS事務局長と本使)
4 文化の灯を絶やさない
4月2日のフレデリクセン首相の「芸術、文化及び心豊かな生活について」のメッセージ。実は、その5日前、安倍総理も「こういうときだからこそ、人の心を癒やす文化や芸術、スポーツの力が必要です。困難にあっても、文化の灯は絶対に絶やしてはなりません」と述べています。両首脳の発言が共鳴します。

(デンマーク王立プレイハウス)
デンマークに赴任して半年。これまで、幸いなことに、両国の建築、音楽、デザイン、美術、スポーツ、武道等の交流を進めて来られた方々とお会いし、公演や試合を拝見し,貴重なお話しを伺い,著作を読ませて頂き,またYouTube等を拝聴する等の機会がありました。感謝申し上げます。そして、こうした文化交流に携わる方々が,今、思うように活動ができず、とても歯がゆい思いをされながらも、デジタルなコミュニケーションも含め、あらゆる手段を使って文化で世界を明るくしようとされています。その思いは,医療施設の最前線で活躍される方々、感染症からの治癒の努力を重ねる方々、ビジネスの再開を期す方々、延期となった東京オリンピック、パラリンピックに向けて準備を再開される方々と同じだと思います。一日も早く,完全復活の日がくることをお祈り申し上げ,微力ながら当方も自らの持ち場で努力いたします。
(デンマーク放送協会ホールのスタジオ)
フレデリクセン首相が引用した「生きたことば」。おそらく、近代デンマーク精神の父とも称されるN.F.S.グルントヴィ(1783-1872)が提唱した概念を汲んだものと解釈されます。そして、1911年、内村鑑三は、「デンマルク国の話」を締めくくるにあたり、「国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときはありません。」と述べました。頭でっかちにならず、信じること。新型コロナ感染症に負けずに、夜明けのない夜はないと信じる。この1ヶ月、不要不急の外出を控え、日頃の自らに足らざる諸点を反省し、色々と思い巡らせたことを記させて頂きました。
それでは、今回はこれにて終わらせて頂きます。日本とデンマーク,そして世界の状況がさらに良くなっていることを祈りつつ。
在デンマーク日本大使館
宮川 学
1 フレデリクセン首相の問いかけ
4月2日、フレデリクセン首相は、自身のフェイスブックに、「芸術、文化及び心豊かな生活」と題して、少し長めの寄稿を掲載し、大変な今だからこそ、こうした目に見えない価値が大切だと思いませんかと、国民に対して問いかけました。以下、一部引用です。

(4/2 フレデリクセン首相フェイスブックより)
「(劇場等文化施設の閉鎖にもかかわらず、バルコニーでの合唱、YouTubeの劇場中継などの新しい創造が生まれていることは素晴らしいとした上で)国民高等学校(ホイスコーレ)では、生きた言葉が必要だ。(中略)私たちは、芸術によって、経験を駆使して、人生の意味や人間とは何かを理解しようとする必要がある。困難な時こそ、希望、安らぎ、熟考が必要である。おそらく、我々の多くは、コロナによって、こうしたことに気づかされた面があるのではないか?ここ数週間、人命を守るための闘いが続いてきたが故に、命の意味について改めて考える機会ともなったと思う。困難な時こそ、お互いに支え合っていることに気づき、コミュニティーの精神が強く、深くなっていく。」
皆様は、どう思われますか?
2 日本とデンマークとの文化交流
時代を少し遡って、1873年4月18日(金)-23日(水),岩倉具視右大臣を特命全権大使とする日本政府使節団のデンマーク訪問は、両国の本格的な人物交流が始まった年として刻まれています。なぜ、デンマークを訪問先に選んだかについては、1つには、1867年、徳川幕府が締結した11番目で最後の修好通商航海条約の改正との目的、もう1つは、日本の近代化のために、欧州列強の間で、小国ながら、したたかに国家運営を行うデンマークから学ぶとの目的があったとされています。

(「米欧回覧実記」(1878年刊行)より:クリスチャンボルグ城 引用元:http://www.nichibun.ac.jp/graphicversion/dbase/kairan/index.html)
実際、使節団の報告書「米欧回覧実記」は、デンマーク国民について、「一般ミナ質朴ニテ、生業に励ミ、奢麗ノ風ニ淫セサルハ欧州第一ナルベシ」と特徴づけ、1864年にプロイセン・オーストリアに敗れたデンマークについて、「凡ソ欧州ニ於テ、ヨク独立ヲ全クセル小国ハ、其兵ノ強健非常ナリ、(中略)其人民ノ気象モミナ強シ」として、敗戦という国難にもかかわらず,むしろ益々旺盛な国民の気概を賞賛しています。

(1865イェリショー=バウマン作「傷ついたデンマーク兵」:戦争に敗れたデンマークを兵士の姿に写して描いたとされる作品 引用元:SMK)
再度、フレデリクセン首相のメッセージを読み返してみます。「困難な時こそ、お互いに支え合っていることに気づき、コミュニティーの精神が強く、深くなっていく。」新型コロナ感染症に直面したデンマークの国家と国民の生きざまが垣間見られるようなメッセージに思われます。 それは、岩倉使節団が観察したデンマークの精神性とも通じ、その後、「デンマルク国の話」を著した内村鑑三先生や、東海大学を創立しデンマークの国民高等学校の先進性を日本に紹介した松前重義先生が指摘され、今日も脈々と受け継がれているデンマークの精神であるとの印象をもちます。
3 新型コロナ感染症を乗り越えて
フレデリクセン首相の指摘した「命の意味」を、別の角度から考えてみます。命を脅かすこともある感染症を退治する1つの方法は、薬による治療です。3月28日、安倍総理は「有効な治療薬やワクチンの開発を世界の英知を結集して加速してまいります」と発言し、30日、テドロス世界保健機関(WHO)事務局長と電話会談し、「我が国が「アビガン」について、今後、希望する国と協力しつつ、臨床試験を進める考えである」旨具体的に打診しました。コペンハーゲン国連都市に本部がある国連プロジェクト・サービス(UNOPS)は、日本、WHOとも相談の上、世界各国から日本に要請のある「アビガン」の搬送を請け負います。

(1/16、グレタ・ファレモUNOPS事務局長と本使)
4 文化の灯を絶やさない
4月2日のフレデリクセン首相の「芸術、文化及び心豊かな生活について」のメッセージ。実は、その5日前、安倍総理も「こういうときだからこそ、人の心を癒やす文化や芸術、スポーツの力が必要です。困難にあっても、文化の灯は絶対に絶やしてはなりません」と述べています。両首脳の発言が共鳴します。

(デンマーク王立プレイハウス)
デンマークに赴任して半年。これまで、幸いなことに、両国の建築、音楽、デザイン、美術、スポーツ、武道等の交流を進めて来られた方々とお会いし、公演や試合を拝見し,貴重なお話しを伺い,著作を読ませて頂き,またYouTube等を拝聴する等の機会がありました。感謝申し上げます。そして、こうした文化交流に携わる方々が,今、思うように活動ができず、とても歯がゆい思いをされながらも、デジタルなコミュニケーションも含め、あらゆる手段を使って文化で世界を明るくしようとされています。その思いは,医療施設の最前線で活躍される方々、感染症からの治癒の努力を重ねる方々、ビジネスの再開を期す方々、延期となった東京オリンピック、パラリンピックに向けて準備を再開される方々と同じだと思います。一日も早く,完全復活の日がくることをお祈り申し上げ,微力ながら当方も自らの持ち場で努力いたします。

(デンマーク放送協会ホールのスタジオ)
フレデリクセン首相が引用した「生きたことば」。おそらく、近代デンマーク精神の父とも称されるN.F.S.グルントヴィ(1783-1872)が提唱した概念を汲んだものと解釈されます。そして、1911年、内村鑑三は、「デンマルク国の話」を締めくくるにあたり、「国家の大危険にして信仰を嘲り、これを無用視するがごときはありません。」と述べました。頭でっかちにならず、信じること。新型コロナ感染症に負けずに、夜明けのない夜はないと信じる。この1ヶ月、不要不急の外出を控え、日頃の自らに足らざる諸点を反省し、色々と思い巡らせたことを記させて頂きました。
それでは、今回はこれにて終わらせて頂きます。日本とデンマーク,そして世界の状況がさらに良くなっていることを祈りつつ。

(グリーンランド首都ヌークのカトゥアク文化センター)


(フェロー諸島首都トースハウンのペルラン文化会館,第6回日本映画祭会場)
在デンマーク日本大使館
宮川 学