日本とデンマーク、そしてEU
令和2年6月30日
1 デンマーク外交の底力
今回は、すこし昔の話から始めます。筆者は、2002年のデンマークEU議長国の時期に、ブラッセルの日本政府EU代表部に勤務し、アナス・ラスムセン首相の下、デンマークが極めてデリケートな第5次EU拡大交渉をまとめる様子を、間近に観察する機会を得ました。当時、デンマーク公共放送(DR)が、ラスムセン首相の下,デンマークが25ヶ国の異なる立場をまとめていく舞台裏を迫力満点のドキュメンタリーにまとめています。EUが15ヶ国から25ヶ国に拡大した歴史的瞬間です。

(2002年ラスムセン首相とシラク・フランス大統領 写真 Kasper Lassen@DR)
EU各国常駐代表部には、「アンティッチ」(注:昔のイタリア人外交官の名前をとったもの)というポストがあります。大使を補佐して、欧州理事会(EU首脳会議)のお膳立てを進める30-40歳代の参事官級の外交官たちです。2002年、最も忙しい議長国デンマークの「アンティッチ」は、トーマス・アーレンキール氏(現国防省次官)。時折、第3国の日本人外交官たる筆者と意見交換する時間を作ってくれました。
その後、2012年に再度、日本政府EU代表部で勤務する機会がありました。2019年に発効した日EU経済連携協定の交渉初期の時代です。その時は、デンマーク常駐代表部が、大変活発に交渉の早期妥結のために活動し、大きな流れを作り出す様子を目の当たりにしました。

(2020年2月 日EU・EPA発効1周年で挨拶する茂木外務大臣 写真:外務省ホームページ)
EU拡大と、日EU・EPA締結という2つの節目において、デンマークが果たした役割を振り返ると、デンマークは、決して大きな国ではないかもしれませんが、EUの中で、大きな方向を形作っていく、したたかな国であることを確信します。そしてその伝統は、現在もしっかりと継承され、ますます強化されていることを感じます。
2 新型コロナウィルス感染症と日デンマークEU協力
EUの中でのデンマークの底力を示す,最近の新型コロナウィルス対策に関連する2つの事例を以下に紹介します。
(1) 日EU首脳テレビ会議
5月26日、日EU首脳テレビ会議が開催されました。安倍晋三総理とシャルル・ミシェル欧州理事会議長(ベルギー人)及びウァズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長(ドイツ人)は、新型コロナウィルス感染症対策を中心に、建設的な意見交換を行いました。

(5月26日 日EUテレビ首脳会議 写真:首相官邸)
首脳テレビ会議の開催後、3首脳は「共同報道発表」を発出しました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100058697.pdf
この発表の冒頭には、「ウィルスに打ち勝ち、確実な経済復興を果たすため、グローバルな連帯、協力及び効果的な多国間主義が、これまで以上に不可欠である」旨記されています。その上で、(1)今回のWHOの経験と教訓について「公平で独立した包括的な検証」を実施すること、(2)治療薬、ワクチンが支払い可能な価格で全ての人が利用可能となるよう国際協調を進めること、(3)経済復興戦略に脱炭素化/グリーン・トランジション、デジタル変革を盛り込むことなどを日本とEUとで進めていくことが確認されています。
また、今回のテレビ首脳会談では、新型コロナウィルス感染症との関係で、地政学的な状況についても議論がありました。「共同記者発表」には、(1)ルールに則った国際秩序を支持、(2)サイバーセキュリティー、ハイブリッド脅威への対策等の協力強化、(3)表現の自由や法の支配に従って、偽情報に対応していく決意について記されています。

(EUの連帯について発言するメッテ・フレデリクセン・デンマーク首相 写真:同首相4月23日付FB)
日EU首脳テレビ会議の開催前後の数週間、日本とデンマークとは、新型コロナウィルウス感染症対策をめぐる二国間協力(例えば、治療薬アビガンの臨床研究、富士フィルム子会社による当地バイオ医薬拠点への増資及びワクチン開発等)、WHOのあり方、経済回復のために自由貿易を維持・強化していくべきこと、そのためには日EU経済連携協定(EPA)を一層活用していくべきこと、そして困難な中にあっても、気候変動問題に能動的に対処していくべきこと等について、さまざまな形で意思疎通を行ってきました。今回に限らず、日本とデンマークの間では、二国間協力とEUを通じた協力を平行して進めることが、しばしばあります。そうすることで、両者が相乗効果を発揮するためです。

(6月9日、 富士フイルム株式会社は、バイオ医薬品の開発・製造受託事業の拡大加速のためFUJIFILM Diosynth Biotechnologiesのデンマーク拠点に約1,000億円の大型設備投資を行うことを発表 写真:FUJIFILM)
(2)欧州委員長宛6カ国首脳書簡のとりまとめ
6月18-19日、欧州理事会(EU首脳会議)が開催され、新型コロナウィルス感染症を踏まえた、EUの対応について議論が行われました。

(6月4日、フレデリクセン首相とメルケル・ドイツ首相との電話会談。写真:フレデリクセン首相FB)
首脳会議10日前、デンマークが関係国の間の根回しを行った結果、フレデリクセン・デンマーク首相はじめ、フランス、ドイツ、スペイン、ポーランド、ベルギー首脳が連名で署名した書簡が欧州委員長宛に発出されました。書簡には、「将来の感染症に対してより良く備えるために,一層強い欧州協力が必要」との意見が具体的に書かれています。例えば、今回の危機対応への反省を踏まえて、医療機器、治療薬、ワクチン等の生産のサプライ・チェーンを多様化させるといったことが提案されています。4月の欧州理事会の際に、フレデリクセン首相は、6ヶ国首脳書簡の主張の原型ともなる発言を行っており、周到な根回しの上、6ヶ国連名書簡の発出に到達したことがうかがわれます。
(6月19日、欧州理事会テレビ首脳会議。写真:フレデリクセン首相FB)
日本においても、マスクの国内生産拠点の強化を含むサプライ・チェーンの見直しが進められています。日本、デンマーク、EUが世界の同志国と連携して、将来の感染症の再発に備えることが可能かつ必要に思われます。
3 おわりに
こうして見ると、日本とデンマークの協力は、日本とEUの協力の中で、共鳴し合っています。デンマークの方々は、よく「デンマークは小国なので」と謙遜した言葉で、会話を始めますが、実は、EUの中で自らの主張をきちんと通すヴィジョンと粘り強い交渉力をもち、同志国との信頼関係を築いています。
筆者が、デンマークの良い点ばかり指摘すると、中には、「最近のデンマークは、仏独首脳が提案した欧州復興基金に対して、スウェーデン、オランダ、オーストリアと一緒に反対していて非協力的ではないか」といった批判をされる向きもおられるかもしれません。EUの中での議論に、筆者がいろいろと口を挟む筋の話ではありませんが、デンマーク政府は「コロナ危機からの復興にあたり、EUが団結していくことを重視。そのために基金を支持。但し、すべて無償提供ではなく、ローンを主体とすべし」との立場であり、決して、EUによる復興に向けた取り組みに反対している訳ではありません。

(6月26日,EU諸国との国境再開を発表するコフォズ外相。写真:デンマーク公共放送ニュース)
今月15日、デンマークはドイツ、ノルウェー、アイスランドと,27日,更にEU各国(除くアイルランド,マルタ,ポルトガル,ルーマニア,スウェーデン(一部地域のみ再開))及び英国との国境を再開しました。日本は、近隣のベトナム、タイ、豪州、NZとの国境再開を進めつつあります。次は、お互いに域外の主要な貿易相手国との往来を再開しようとの段階に入るものと思われます。日本もデンマークも、新型コロナウィルス感染症の拡大を封じ込むことに成功していますので、早期に相互のビジネス出張が可能となるよう、準備を進めていければと思います。今月なかばからは、在宅からオフィスに戻ったデンマークの同僚も増えました。
それでは、皆様のご無事と健康を心よりお祈り申し上げ、今回はこのあたりで失礼します。
在デンマーク日本大使館
宮川 学
宮川 学